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春雲

 

 お互い以外の全員を見送り、人気のなくなった廊下をぼんやりと眺める。
 ふと鼻先を漂った紫煙に傍らを見やれば、新しいものが一本、差し出される。
「・・・・・・・・・」
 受け取ったそれを銜えて火を点けると、どちらからともなくその場に座り込む。
 昨夜の名残である空き缶を灰皿代わりにして、ゆっくりと煙を吐き出す。
 何を失うわけでもなく、何が変わるわけでもない。
 けれど、巻紙の短くなる様さえ、惜しく思えた。

「・・・行くか、そろそろ」
 どれだけそうしていたものか、日も傾き始めた頃、ようやく隣にいた人物が腰を上げる。
 空き缶を片手に、さほど多くもない荷物が肩へと担ぎ上げられる。
「お前も行くんだろう、桃」
「お前が出ていったらな」
「タイミングを人に押しつけんじゃねぇよ、馬鹿野郎」
「おい、伊達」
 缶で額を小突かれ、己の荷物を奪われて、抗議の声を上げる。
 しかし、相手は気にした風もなく、にやりと言い放ってみせた。
「来いよ。どうせ駅までは行くんだろう」
 その言葉に、しぶしぶ抗言を飲み込み、後に続く。
 玄関の上がり口で荷物を受け取り、下駄箱から靴を取り出す。
 そして、そこを踏み越えることを惜しむように敷居の内側に留まっていた相手の肩を叩き、促す。
 開け放たれた玄関から吹きこむ風に、ひらりと桜の花弁が舞った。

 

春鬱 >>>

みなせあきらさんの「上がりかまちの二人」に寄せて。[2002/04/22]