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春鬱

 

 お互い以外の全員を見送った、物好きな筆頭から深い呼気が漏れる。
 おそらく無意識の産物だろうと片隅で思いながら、懐から煙草を取り出して火を点ける。
 立ち上る紫煙に振り向いた相手に、ライターとともに新しい紙巻を差し出す。
 そうして、どちらからともなくその場に座り込み、人気のなくなった寮内を眺めた。
 昨夜の名残である空き缶に灰を落とし、お互いに無言のまま煙を吐き出す。
 何が変わる訳でも、終わる訳でもないと解かってはいたが、足元に落ちる影さえ、惜しい気がした。

 何本目かの煙草を灰にして、傾きかけた太陽光に気付く。
 思わず、唇から溜息めいた空気が漏れた。
「・・・行くか、そろそろ」
 空き缶を片手に立ち上がり、さほど多くもない荷物を肩へと担ぎ上げる。
「お前も行くんだろう、桃」
「お前が出ていったらな」
「タイミングを人に押しつけんじゃねぇよ、馬鹿野郎」
 何処までも見送るつもりらしい相手の額を、手にした缶で小突き、傍らに置かれた荷物に手を伸ばす。
「おい、伊達」
「来いよ。どうせ駅までは行くんだろう」
 慌てたように抗議の声を上げる様に、にやりと笑って見せる。
 渋々立ち上がる相手を確認して、玄関へと足を進める。
 開け放たれた出入り口の向こうが、ひどく遠い場所に見えた。

 

2002/04/24 掲載。