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喪失

 

「忘れられるのならば、とっくの昔にそうしている」
 こぼれる溜息。
「それでも、忘れろと言うんだな?」
 木々を揺らす夜風。
「当然だろうな。もういない人間を想っても意味がない」
 鮮やかで虚ろな嘲笑。
「だから、お前にこの手を明渡したりしない」
 空っぽの手のひら。
「いつか喪うことが判っているなら、誰も手など伸ばしはしない」

 

2002年夏の期間限定原稿。今年は「死者あるいは生者への独白」。[2002/08/05]