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降誕

 

 寒々とした空間。
 吐き出す息は、きっと白く凍っているだろう。そう思ったが、確かめることは叶わなかった。
 そこには変わらず演台があるはずだが、その形も捉えられない。
 膝をついた身体には、いつしか枯荊が絡みつき、身動きを許さない。
 抗うことは叶わず、ひたひたと寒さだけが押し寄せる。
 押しつぶされそうになる意識。
 唇が絶叫を紡ぎかけたそのとき、両眼を覆った掌が、それをおしとどめた。
「疑うな。すべてはそこに存在する」
 耳元で紡がれる言葉。その、低く響く声がすべての縛めを断ち切っていく。
「聞くがいい。大いなる意志の言葉を」
 瞼に触れ、頬をすべる指先。耳朶を伝い、首筋に落ちる唇。
「跪いて、永遠の忠誠を」
 言霊。
 促されるままにその場に跪く。
 ゆっくりと離れていく指先と唇。代わりに首筋に触れたのは、ひやりと研ぎ澄まされた刃先。
「貴官は命を与えられるだろう」
 頭上に降る声。
「さあ、跪いて、永遠の忠誠を」
 息を吸う喉が震える。
 寒さではない。恐れではない。
「・・・貴方に」
 絞り出すように、その言葉を口にする。
「貴方に、永遠の忠誠を、・・・!」
 それは神聖なる宣誓。閉ざされていた視界に、見慣れた演台が甦る。
「・・・その言や良し」
 首筋の刃は納められ、世界が与えられる。
 吐き出す息の白さ。指先に戻る、『存在』の感覚。
「貴官は命を与えられた。世界はここに存在している」
 刻み込まれる言葉が『自分』を甦らせる。
 導かれるようにゆるりと立ちあがれば、白い手套に包まれた右手が演台を指し示す。
「行くがいい。直に式典の幕が開く」
 掲げられる帝國旗。立ち並ぶリッターたち。
「大いなる意志の生まれる場所だ」
 示されるのは世界か、未来か。

 そして、式典の幕が開く。

 

2001年冬の期間限定原稿。「存在の萌芽」の別バージョン。
なぎなぎか中将ぐらいのイメージ。[2001/12/23]