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凍蝶

 

 凍える指先で煙草に火を点ける。背中を預けた岩肌は軍服越しにも冷たかった。
 ゆっくりと煙を吐き出し、その煙草を膝の上に横たわった相手へと与える。
 閉ざされた瞼。色を失った頬は降り続く雪より蒼白い。指先が触れたその唇は岩肌よりも冷たく感じられた。
 耳を打つ風雪の声。新しい煙草に火を点けながら、戦況はどうなっただろうと頭の片隅で思う。
 けれど、唇から毀れたのは、それとは関係のない呟き。
「・・・こんなところにも蝶がいるんだな」
 雪深い冬山の岩場に。あざやかな蒼い翅を纏って。
「なぁ・・・?」
 呼びかけた言葉に肯く声は何処にもない。
 そして、蝶もまた、その翅一枚、脚一本、震わせることはない。
 赤く染まった手袋。絡めた指先は、もう、握り返すことをしない。
 息絶えたものの静寂。ただ煙草の煙だけがゆらゆらとそこに立ち昇っていた。

 

「凍蝶の果して翅の欠けゐたる」(高浜年尾)
「凍蝶の己が魂追うて飛ぶ」(高浜虚子)
2000年冬の期間限定企画。[2000/12/22]