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白月

 

 銃爪を引くのはひどく簡単だった。直前までの躊躇と苦痛、そんなあらゆるものが嘘だったかのように。
 両腕に圧し掛かる、死骸の重さ。手の内からこぼれおちる銃身。記憶の視界を過るのは、最後の瞬間まで相手が浮かべていた微笑。
 一瞬に狂う、思考回路。
 生じる意識の空隙。
 がくりと、両膝が地面へと落ちた。そのまま崩れるようにその場へと座り込む。
 それでも腕だけは、凍りついたかのように相手の身体を抱きしめていた。
 何処かで冷静なままの自分の一片たちが、突き放したように自分を嘲笑い、叱咤する。
 震える呼吸。身動きひとつ出来ず、腕の中にある相手の身体をただ強く抱きしめている。
 夜の闇に奪われて行く体温。軍服に染みていく血潮。無意識に、ただひとすじ零れ落ちる滴。

 西の空に傾いた月だけが何処までも皓い。

 

「黒月」の結末の一例。「夜桜」とは別物。[2000/10/04]