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桜花奇談

 

「そういえば士官学校に桜の話がありましたね」
「桜の話?」
「ああ、第四士官学校の怪談だろう?」
「知ってるんですか?」
「私は初耳だな」
「小官の在籍していた第八士官学校は近かったですからね」
「どんな話なんだ」
「校内に桜が二九本、植わっていて、その下に演習中に亡くなった学生が立っているという話です」
「そっけない言様だな」
「いえ、そこに逃げ出しそうな人がいますから」
「ああ、そこか」
「だって怖いじゃないですかっ」
「なら、耳でも塞いで聞いていろ」
「何なら押さえつけとくか?」
「嫌ですよっ」
「じゃあ、耳でも塞いでてください。今から話しますから」
「・・・意地悪」
「昔、雪中訓練中に士官学校生がなくなった事故があったのはご存知ですか?」
「聞いたことがあるな。雪崩れだったか吹雪だったかで孤立した小隊が全滅したという話だろう?」
「あれは第四士官学校の話だったのか」
「そうらしいですね。いずれにせよ、小官達より何代も前の学年の話ですが。二九本の桜というのは、彼らの慰霊のために植えられた桜なんだそうです。一人一本づつ」
「しかし、桜なんて木は士官学校のどこにでも植わっているものだろう」
「ええ、勿論です。第四士官学校にも山のように桜はありますけど、中庭を囲っているのは二九本だけなんです」
「それで、彼らが桜の下に立つと言うのか?」
「そうです」
「立っているだけか?」
「いいえ。でもこれ以上はやめときます。そう言われてるんですよ」
「どういうことだ?」
「この時期に、それ以上話すのは危険なんだそうです。特に桜の下では」
「桜の下といっても、ここの桜とその桜はまったくの別物だろうに」
「・・・ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「先年、第四士官学校は第一三士官学校と統合されて移転しましたよね?」
「そういえばそうだな」
「跡地はどうなりました?」
「どうって・・・、確か民間に払い下げられたと思うが」
「記念樹ごと?」
「いや、建物は解体したが、記念樹は大半が移植されたはず・・・」
「何処にですか?」
「新校舎と、官舎と元帥府と・・・」
「あ、やっぱり」
「・・・や、やっぱりって?」
「ん? 聞かないほうがいいと思うよ」

 

下士官総出で怪談話。元ネタは実話。[2002/04/03]