「 」
足をとめたのは、視界に入った光景のせいだった。
四方を回廊に囲まれた空間に咲き誇る薔薇。高く空いた頭上から降り注ぐ光に、濃紅の花弁がとても鮮やかに見えた。
何度となく目にしているはずの光景のはずだったが、何かが足を止めさせた。
「・・・“それは、傷口であり、苦しみであり、生命であり、復活である”」
「どうしましたか、加納中佐」
不意に立ち止まった加納中佐に、同じように資料運びに駆り出されていた秋山少佐が数歩先から問いかける。
「加納中佐」
「え、ああ、どうした?」
「なんですか、それは?」
「“なんですか”って・・・何が?」
「先刻、何か言ってたじゃないですか。傷口だとか、生命だとか」
「そんなことを言ってたか、私は?」
「言ってましたよ」
「秋山少佐の気のせいじゃないのか?」
「いいえ、絶対に言ってました」
「言った覚えはないんだけどなぁ・・・」
困ったように頭を掻き、元のように廊下に歩を進める。
「確かに言ってましたよ」
その傍らに立ち、秋山少佐が繰り返す。
『我々は死者の十字架に咲く花を常に記憶に留めておかねばならない』
『それは、傷口であり、苦しみであり、生命であり、復活である』
『我々は忘れてはならない。我々がその両端に存在することを』
『そのことを忘れたとき』
『我々は自身の存在意義を・・・喪うのである』
「帝國騎士団」の存在意義。[2000/12/05]