>保管庫

秋日

 

「あ」
 ふと足を止めた秋山少佐の視線が何かを追うように後方へと廻らされる。
「どうした、秋山少佐」
「今、蝶が飛んでいきましたよ」
「蝶?」
「ええ。黒い翅の、割と大きな。こんな時期でも飛んでるんですね」
「呑気だな。秋山少佐は」
「加納中佐に言われたくありませんよ」
「まるで私が貴官より呑気だと言いたげな物言いだな」
「だってそうじゃないですか」
 振り向いた秋山少佐の指先が、ぴっ、と加納中佐の鼻先へと伸ばされる。
「小官が呼びに行ったとき、中庭で寝てたのは誰ですか?」
「それはだな・・・」
「散々探しまわったんですよ、小官は」
「・・・悪かったよ」
 わざとらしく溜息までついてみせる秋山少佐に、渋々謝罪の言葉を口にする。
「分かればいいんですよ。・・・あ」
「どうした?」
「ほら、あそこ。さっきの蝶ですよ」
 加納中佐の肩越しに空を見上げた秋山少佐が指をさす。
 ひらりと黒い翅が青い空に影を落とした。

 

『Avenir』さまの1周年に進呈。[2001/09/15]