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魂の帰る場所

 

 廻らない風車に祈る。
 いつか還る日のために。

     ・ ・ ・ ・ ・

 かたかたと幾層にも重なり合う軽い音。音のするほうをふり返れば、小さな店屋台を埋め尽くす風車が目に入った。
 春疾風と呼ぶにはやや穏やかな風を抱いて小気味よく回転する無数の羽。思わず足を止めて、その様に見入る。
「今日は風が良いからよく回ってるでしょう?」
 どのくらい眺めていたか、ふと、そんな声に呼び戻される。
 見ると、店屋台の傍らに出した椅子に腰掛け、新たな風車を拵えていた老人が、目を細めて彼を見上げていた。
「そうですね」
「もし良かったら、ひとつ持っていきませんか」
「え?」
「ずいぶんと熱心にご覧になってたみたいですから」
 膝の上で出来あがった風車を店屋台へと飾りながら、のんびりと老人は言葉を続ける。
「どれでもお好きなのがあればどうぞ差し上げますよ」
「え、あ・・・いいんですか?」
「ええ、どうぞ」
 柔和な微笑に促され、改めて店屋台に目をやる。同じように廻りつづける風車の中で、欠片も廻る素振りを見せない羽が目に止まった。
 惹かれるままにそれに手をのばす。
「これをいただいてもいいですか?」
「構いませんけども、いいんですか、それで?」
「いけませんか?」
「いけないわけではないですけど、軍人さんには縁起が悪いでしょう。魂が抜けた風車なんて」
「そんなことありませんよ」
 心配顔の老人ににこりと微笑んでみせる。
「私は、これがいいんです。他のどれでもなく、これが。だからこれをいただいていってもいいですか?」
「貴方がいいのなら、構いませんよ。大切にしてください」
「ありがとうございます」
「いつか、ふとしたはずみで魂が入ることもあるでしょうし」
「そうですね」
 肯き、ふと、背後からの呼び声に気付く。ふり向いた視界の先に声の主を捜し当てることはそう難しくなかった。
「ありがとうございました」
「どうぞ御武運を」
 再度礼を述べて踵を返しかけたところに付け加えられた言葉に、足を止め、会釈を返す。
 店屋台の風車はかたかたとその羽に風に抱え、廻りつづけていた。

     ・ ・ ・ ・ ・

「探しましたか?」
「少しだけです」
「すみません」
「何をしてたんです、あそこで」
「これをいただいてきたんです」
 微笑とともに風車を差し出す。
「風車?」
「そうです」
「なかなか廻りませんね」
 手元へと一旦引き取った風車に息を吹きかける。
「だから、いただいたんです」
「廻らない風車なんかどうするんです?」
「どうしましょうね?」
 問われた言葉にくすくすとそんな答えを返す。
「元帥府の何処か片隅に、置いておこうと思うんです」
「何故」
「いつか帰ってくるために」
「?」
「私が帰ってきたい場所は、きっと帝國騎士団のある処ですから」
「呪(まじな)いか何かですか、それは?」
「そうかもしれません」
 戻された風車を両手で包み、ふわりと口許を綻ばせる。
「風車は、魂の"うつわ"ですから」

     ・ ・ ・ ・ ・

 廻らぬ風車に祈る。
 何時か戦場で息絶えても、魂がここに還ってくるように。

 

「廻らぬは魂ぬけし風車」(高浜虚子)[2001/04/01]