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訣別

 

 人の死に、初めて出会うわけではない。
 前線に立てば、それこそすぐ隣に、人の死は存在する。
 ただ、それはあくまで『他人の死』であった。

 手の中の資料を握りつぶすように抱きしめる。
 心臓の拍動が、ひどく大きく、そしてひどく遠く聞こえた。
 きつく噛み締めた歯が、痛みさえ覚える。

 恐ろしいわけではない。悲しんでいるわけではない。憤るわけではない。悔しいわけではない。
 落ちついているわけではない。混乱しているわけではない。
 ただ自分の中に、激しく渦巻くものがあるというだけ。

 訣別の儀式のように、跪いていた姿勢からゆっくりと立ちあがる。
 手の中の資料にライターで火を点ける。
 黒く灰になりながら、足元へと落ちる紙屑。

 それを踏みつけて、風間は静かに視線を上げた。

 

『私の身体は病魔に脅かされた。恐怖がやってきた。幾日も続く夢に落ちこみ、起き上がってもまだ世にも悲しい夢から夢を見つづけていた。この世に別れを告げる機が熟していた。幾多の危難に満ちた道を、己の弱さが私を導いて行った。世の涯に。闇と旋風の国、キンメリアの涯に。』(ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー)

「vol.21」の話。[2001/01/10]