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星月夜

 

「・・・から・・・」
「・・・に・・・つもり・・・」
「そのほうが・・・」
「いったい何の騒ぎだ?」
 こそこそと官舎の隅に集まり、何事かを始めたらしい尉官たちに、春木大佐が声をかける。
 その声に、尉官たちは慌てて手にしていたものを背中へと押しやり、敬礼姿勢をとる。
 しかし、当然隠し通せるはずもなく、春木大佐の表情に苦笑が浮かんだ。
「・・・脚立に毛布に保温ポット。こんな夜更けにいったい何を始める気だ?」
 春木大佐の問いかけに、首をすくめた尉官たちは悪戯が見つかった子どものような表情を浮かべ、互いに視線を送りあう。
 ややあって広石少尉が口を開いた。
「・・・あの、星を、見ようと・・・」
「星?」
「流れ星が見えるそうなので・・・」
「で、屋根にでも登るつもりだったのか」
「あれ?春木大佐?」
 脚立まで持ち出してきた意味を問うたところに、不意に背後から声がかかる。
 振り返れば、同じように毛布を抱えた加納中佐と秋山少佐の姿が目に入った。
「春木大佐も星を見に来られたんですか?」
 にこにこと悪意の欠片もない表情で問いかけられ、思わず反応を返し損ねる。
「貴官ら準備は出来たか?」
 そこに上官の声が重なればなおさらだった。
「・・・・・・・天崎少将・・・・・・・・」
 思わず溜息にも似た息が漏れてしまう。
 それを知ってか知らずか、天崎少将は抱えていた天体望遠鏡と三脚を床に下ろし、肩が凝ったとばかりに首をまわして見せる。
「春木大佐、手が空いてるのなら運ぶのを手伝ってくれないか」
「・・・はあ・・・、・・・どちらへ運べばよろしいですか」
「とりあえず庭でいいだろう」
「天崎少将、流れ星は東の空によく見えるそうですよ」
「ですから、官舎の裏手のほうがよろしいかと」
「貴官ら詳しいな。よし、それなら裏にしよう」
 尉官たちの言葉に頷き、天崎少将は再び天体望遠鏡を抱えて歩き出す。
 ぞろぞろとそれに続くリッターたちに、春木大佐は三脚を抱え、半ば渋々倣う。

 そうしてたどり着いた裏庭はすでに宴席の態であった。

「貴官ら、遅かったな」
 銚子を片手に定光寺中将が声をかける。
「はっ、望遠鏡を探すのに手間取りまして」
 答える天崎少将の傍らで、尉官たちは嬉々として、官舎の屋根に登るべく、脚立をかけ始める。
 加納中佐と秋山少佐は望遠鏡の調整に余念がない。
「・・・何をなさってるんですか、柊生元帥」
 三脚を彼らに預け、手持ち無沙汰になったところで、どう見ても星を見ているようには見えない柊生元帥に春木大佐が問う。
「物質世界には花や月を見ながら酒を飲む風習があるそうだからな、星を見ながら飲んでも悪くはなかろう?」
「・・・はあ・・・」
「春木大佐、貴官もどうだ」
 定光寺中将によって、有無を言わさず猪口を押し付けられ、酒を注がれる。
 こうなっては逆らうわけにもいくまい。
「・・・・・・いただきます」
 そうして一息に飲み干せば、息を継ぐ暇もなく更に酒が注がれる。
「今度は小官がお注ぎしましょう」
 二杯目も一息に飲み干し、今度は逆に定光寺中将へ勧める。
 官舎の上から時折歓声が上がるのは、流星の所為だろう。
(明日の職務はいったいどうなることやら)
 頭の片隅でそんな心配をしながらも杯を重ねていく。
 その頭上を、長い尾を引きながら星が流れていった。

 

元帥府で天体観測。[2000/01/01]