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夜天光

 

「そこで何をしている」
 淡闇の中に佇む人影に、草薙大佐が問う。
 その声に、ゆっくりと人影がふり向いた。
「草薙大佐」
 己に問い掛けた声の主の姿を視界に見止め、有馬少尉は、ふわりと腕を持ち上げ、敬礼姿勢をとる。
「・・・有馬少尉か。ここで何をしている」
「星を、見ています」
「星?」
「今日は、月がありませんから」
 その言葉につられるように、草薙大佐は目だけで空を見上げる。
 しかし、明かりの中にいる彼からは、空にはただ闇が広がるばかりで、星など一つも見えなかった。
「月の光は、明るすぎて、苦手です」
 誰ともなく、有馬少尉が言葉を紡ぐ。
 夜天光を宿した闇の中で、襟の赤と手袋の白、そして肌の皙が目立つ。
 少し肌寒く感じる風。
「確かに、月のない夜のほうが騒がしくないな」
 草薙大佐がそう応えれば、逸れていた有馬少尉の視線がふと、動いた。
 驚いていた風に見えたのは、気のせいだろうか。
 やや強く吹いた風に揺れ動く木々の葉擦れが周囲を包む。
「・・・おひきとめしてしまって申し訳ありません」
 風が止んだ後、一呼吸分の沈黙をおいて有馬少尉が口を開く。
 かき消されそうな微笑。
「・・・いや」
 小さく首を振って、小さく息を吐き出す。
「貴官もなるべく早く官舎に戻ったほうがいい。夜風は身体に毒だというから」
「はい。お気遣いありがとうございます」
 そこから離れるそぶりを欠片も見せず、有馬少尉が応じる。
「草薙大佐」
 ゆっくりと踵を返しかけた草薙大佐を、名前を呼ぶ声が引き留める。
「・・・五更の内によい夢を」

 

「五更の内によい夢を」=「おやすみなさいませ」。[1999/12/20]