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陽炎坂

 

 いまだ後を引きずる残暑。
 じりじりと焼き付けるというよりは、じわじわと締め付けるような鬱陶しい気温と湿度が続いている。
 こんな日の買出しに当たった自分の運のなさを嘆こうにも、その気力さえ殺がれるような気がする。
「この暑さにこの坂はきついぜ、まったく」
 誰ともなくぼやく言葉。
 恨めしげに頭上を仰ぎ、上ってきた道筋を確かめようと振り返りかける。
 その動きを遮ったのは、傍らで同じように坂を上ってた同窓の一言だった。
「振り向くなよ」
「あ?」
「振り向くなっつったんだよ。よもつひらさか越えちまうぞ」
「・・・なんだそりゃ」
「近所のばぁさんが昔よく言ってたんだよ。坂道で振り返るな、食い物を貰うな。そんなことをしたら、よもつひらさか越えて、おそろしいもんに連れて行かれるからな、ってよ」
「だからなんなんだよ、そのよもつひらさかってのは」
「知るかよ。帰って桃にでも聞けよ。あいつなら知ってんだろ、多分」
 どこか投げやりにそういった同窓はぐい、と学帽のつばを引き下げ、荷物を担ぎなおす。
 アスファルトの表面には、逃げ水がゆらゆらと揺れていた。

 

虎丸と富樫。[2004/09/26]