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月下独酌
桜の下で一人、杯を傾ける。
花見酒を決め込んだつもりはない。この時期、桜などどこにでも咲いている。そして、桜ばかりが花でもない。ただ単に、せまっ苦しい寮の部屋で飲むよりは、こちらのほうが上だとか、その程度の理由だ。
どこからともなく酒の匂いをかぎつける、望まざる客も、さすがにここまでは来るまい。そう思っていたが、どこにでも珍客というものはあるらしい。するりと徳利に擦り寄ったのは、白い短毛の猫だった。徳利の口に鼻先を寄せては、こちらを見て、にゃあと鳴く。
ひょいと徳利を取り上げると、片胡坐をかく膝に懐かれた。ゆらゆらと尻尾の先が揺れる。
「強請っても、てめぇの杯はねぇぞ」
告げたところでどこまで通じるものかと思いながら首根っ子を掴まえて膝から離す。
白猫はその場で姿勢を正すと、にゃあ、と一声あげてみせた。その場を離れる気配は、これっぽっちもない。
しょうがねぇ野郎だ、と、舌打ちとも感心ともつかず内心で呟く。のそりと徳利と杯を手に立ち上がれば、足元にまとわりついてきた。
「急くんじゃねぇ」
それを爪先で一歩後ろに追いやり、側に咲いていた白蓮(はくれん)の花弁を一枚、貰い受ける。
そしてその根元に座りなおすと、待ち構えたように猫は正面に落ち着いた。
その前に白い花弁を置いて、徳利から杯に移した酒を注いでやる。
礼のつもりか満足げな色で鳴いてみせた猫は、いそいそと映り込んだ朧月に鼻先を寄せた。
浮かぶ花明かり。
自分の杯にも月がひとつ。
人物は赤石先輩。題名は杜甫。[2004/04/05]