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年守る

 

 酒を飲むのに理由は要らない。と言うよりは、酒を飲む理由を常に探しているような連中の集まりだ。
 正月なんてのは格好の口実で、今年最後の日が落ちるころには、暗黙の了解のうちに酒宴の準備が整えられ、年の夜が更けるころには、そこかしこで、どんちゃん騒ぎが始まっていた。
「おい、桃よ」
 年越が近付くに比例して無軌道に大きくなる窓外の騒ぎの輪と音量を心配した富樫が桃に耳打ちする。
「いいのかよ、このまま放っといて」
「近所には後で謝っとくさ」
「まったく、しょうがねぇ連中だなぁ」
「ふふ・・・。いいじゃねぇか。年忘ってのは大抵こういうものだろう」
「そりゃそうだがな・・・」
 何か納得がいかないといった風に頭を掻く富樫の背後で鐘の音が響き始める。
「除夜の鐘ですね」
 ふと手を止めた飛燕が呟く。
「・・・今年もいろいろありもうしたが」
「来年もきっといろいろあるんでしょうね」
「そうだな」
「いい年だと良いですね」
「ああ」
 残す時刻もあと僅か。鐘が百五つを越えるころ、外は俄かに騒がしさを増す。
 誰もが時計の文字盤を気にしはじめ、鐘の数は百七つ。秒読みは十秒前から。
 そうして、百八つ目の残響が流れる中、数え終わった秒読みに、ひときわ大きな歓声が上がった。
 このまま西へ西へと送られていく去年今年。
「・・・明けましたね」
「とりあえず、新年の挨拶をしとくべきか?」
 年が改まる。

 

「年守る」・・・・大晦日の夜、眠らずに年去り年来るのをうち守っていること。
「年の夜」・・・・12月31日の夜。その年の最後の夜という意味。
「年越」・・・・旧年から新年になろうとするときのこと。
「年忘」・・・・年末、年間の慰労のために集まって酒宴を催すこと。忘年会。
「除夜の鐘」・・・・大晦日の夜半どき、煩悩を救うために各寺院が撞く鐘。
「去年今年(こぞことし)」・・・・一夜を挟んでの去年と今年という、あわただしい時の流れの中で抱く感慨をいう。
「年改る」・・・・年の始め。新年。新玉の年。
[2004/01/01]