>保管庫

狂骨

 

 置き忘れられたような古井戸。
 その傍らには紅い椿が咲いていた。
 さらにその根元に、槍を抱えて座り込んだ伊達。
 こいつも置き忘れられたか。そんな考えがふと浮かぶ。
 珍しいことに、伊達は眠っているらしかった。
 血の匂いはしない。ならばこれはすべて椿の紅だ。
「おい」
 赤石の声に、ぴくりと伊達が反応する。
 しかし、ゆるゆると開いた瞼は、そのままの速度で再び閉ざされた。
「・・・おい」
 二度目の呼びかけに反応はない。
 仕方なく、赤石は背中から斬岩剣を下ろすと、足元の花首を蹴り払い、どかりと、椿の根元へと腰を下ろした。
 伊達の気配は変わらない。そして、何時消えてもおかしくないほどに乏しかった。
 やはり、こいつは置き忘れられたのだ。いや、こいつが置き忘れたのか。
 片胡座をかいた赤石の膝の上に、ぽとりと紅い花が落ちる。
 ひとつ。ふたつ。
 気配の変わらないまま、不意に伊達の声がした。
「・・・井戸」
 眠っているのか、起きているのか。ふり返れば済むことだろうが、赤石はそうしなかった。
「その井戸の底に骨がある。・・・知ってたか?」
「・・・ああ」
 肩口に触れた花が、斬岩剣の鍔元へと転がり落ちる。
 すう、と伊達が寝入る気配がした。

 

井戸の底から骨が囁く恨み言。それは遠い谷底からの声。[2003/10/21]