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氷る石

 

 小指の爪にも足りない小さな硝子の欠片。
 それらを並べて売る男を見かけたのは、宵宮の雑踏を背中に聞く路地でのこと。
 色褪せた紙に書きつけられた詞書きは『氷の石』。
 面白半分に買い求めた柊木に、男は無表情に薄紙に包んだ石を手渡した。
「氷の石ってことは、陽に当たると溶けるのかい」
「石になったものは溶けませんよ」
 応えた男の口許が、ようやく笑みの形に歪む。
「成長はしますがね」
「成長だって? 石のくせに?」
「石だから成長するんですよ。上手く育てれば、面白いことになりますよ」
 夜だというにもかかわらず、黒眼鏡をかけた痩身の男は、淡々と学者のように告げる。
「おもしろいこと」
 繰り返した柊木の前で、男は親指の爪ほどにはある欠片を薄紙の中から取り出してみせた。
「ほら。こいつは砂糖菓子に化けましたよ」
 ひとつお上がりなさいと、男はその欠片を柊木へ差し出す。
 気圧され気味に欠片を口の中へ放り込むと、確かにそれは甘ったるい味がした。
「いかがです?」
「・・・・・・・甘い」
 柊木の答えに男は満足そうににやりと笑う。
「砂糖菓子になる奴は稀ですが、とにかく育ててみることです」
「どうやって」
「多少の水。ただし水道水じゃあ不可ません」
「水だけ」
「水だけです」
 肯いた男は、ただし水道水じゃあ不可ませんと、同じ言葉を繰り返す。
「今夜は祭りの夜ですからね。石もよく育つでしょう」
 さあさと、片手で柊木を追い遣りながら、詞書きの紙へと手を伸ばす。
 店じまいだということらしい。
 渋々ながら、欠片を懐に柊木はそれ以上の問いを打ち切り、通りの人込みへと足を向ける。
 その背中に覆い被さる祭囃子。
「上手く育ててごらんなさい」
 通りへと消える濃紺の浴衣を見やり、男は暗がりに呟く。
「でないと喰われてしまいますからね」

 

[2000/06/27]