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月光卵

 

『月の卵。
 どうぞ、月光の当たる場所でお育て下さいませ。』

 奇妙な但し書きがついた紙箱が綺杏(ききょう)の元に届けられたのは土曜日の昼下がりのこと。
 箱の封帯に書かれた名は『月露堂』。
「聞いたことのない名前だな」
 呟きながら、綺杏は几帳面に紙封を剥がす。
 一見、黒に見紛うほどの濃紺をした箱を開ければ、中から出てきたのは黒い岩肌にまるい結晶を抱いた石のかけら。
「なんだ。Calciteじゃないか」
 やさしい黄味を帯びたその結晶は、確かに月を思わせ、まるいその形は卵を思わせる。
「だからといって “月の卵” は出来すぎだ」
 多少の失望を抱きながら、それでも綺杏はその石を東の窓辺に置いてみる。
 そして隣に月長石を並べてみた。
 我ながらつまらない遊びだと思いつつ、そのまま一晩放っておく。
 折しもその夜は満月。
 翌朝、東の窓辺に残されたのは、黒い岩肌と、淡い燐光を帯び、懐に月長石を抱えたちいさな “月” だった。

 

[2000/02/03]