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世界の理の狭間

 

 彼は、自分を「世界」だと言った。
 ぼくたちが「宇宙」と呼び、「神」と呼び、「真理」と呼ぶものだと言った。
 「全」であり、「一」であると言った。
 そして、彼は、自分を「ぼく」だと言った。

 「全」は無数の「一」から成り、「一」はただひとつの「全」を成す。
 世界に存在するあらゆるものは、おなじひとつの根源から派生し、根源は世界に存在するあらゆるものを形作る。
 すなわち、世の理、世界創造の理は、間違いなく人の内にも存在している。

 ひたり、と足音が近付く。
 視線を上げた先にあるのは兄の姿。
「にいさ・・・・」
「奴は、自分を俺だと言った」
 素肌に赤いコートだけを羽織った、「兄」は、ゆらりと弟の前に佇み、ぽたり。ぽたり。と切り裂かれたその胸から血を流す。
「自分は一であり、全であると言った」
「・・・・世界で、宇宙で、神で、真理だとも」
 己の言葉を継いだ弟の言葉に「兄」は肯いて見せ、ゆっくりと弟の手をとる。
「俺たちは同じ場所にたどり着き、あの扉を開けた」
 喉元から臍下までぱっくりと開いた傷口の奥で脈打つ心臓。
「あの扉を起点にあらゆる世界、全ての一と全が交差してる」
 躊躇いもせず、「兄」は弟の手をそこへと触れさせた。
「なら、この心臓はお前のものだ」

「兄さん!」

 叫んだ声で我に返る。
 あたりは薄暗い夜の闇。
 傍らのベッドにもぐりこんでいる兄の胸は当然閉じており、滴る血など一滴もない。
「は、ははは・・・・」
 思わず漏れる乾いた声。

 それは世界の理の狭間で見る夢。

 

[2005/03/04]