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逃亡者

 

 ずんずんと無言で歩いていく兄さんの後を追いかける。
 細い路地の隅。驚いたみたいに、昼寝の猫が身を起こす。
「兄さん」
 ひらひら、と言うにはもっと乱暴にはためくコートの裾。
「ねえ、兄さん」
 大きくまんまるな目で見送る女の子。
「兄さんってば」
 普通なら息が切れそうなほどの勢いで歩き続ける兄さんは返事もしない。
 けれど、その代わりのように、ぼくの手を掴んでいた右手に力が籠るのが見てわかった。
「・・・・・・・・」
 ずんずんと兄さんは無言で歩き続ける。
 手を掴まれたまま、ぼくもその後をついていく。

 幾つもの角を不規則に曲がって、ずいぶんと回り道をして、駅まで。
 ぼくらはそんな調子で歩き続けた。

 

[2004/07/15]