>保管庫

こわい

 

 自分の手足は、本当にここにあるのか。
 時々そんな不安に駆られる。
 灯りの落ちた宿の一室。
 その薄い毛布の中で身体を丸めながら。

 目の前にかざした右腕。
 左手でそれを掴む。
 左手は当然右腕を感じる。
 しかし、右腕は左手を感じない。

 左手を離し、右手で毛布の端を握る。
 圧力センサーが働くおかげで、取り落としたりすることはない。
 けれど、右手はその感触を伝えない。
 目で見ているからこそ、毛布を掴んでいることがわかるだけだ。

 そう、目を閉じればこの手は消える。
 何かが触れても、何かに触れても、わからない。

(あいつは、そんな世界にいるんだ・・・・)

 片手片足どころか、全身。
 見えなければ、聞こえなければ、あらゆるものが認識出来ない。

(そんな場所へ、あいつを追いやったのは、俺だ)

 左手で右腕を引き寄せる。
 意識の奥底で、弟の声が囁く。

 自分の手足は、本当にここにあるのか。
 時々そんな不安に駆られる。

 けれど本当は。

 弟の本心を、疑い、怯えているのだ。

 

[2004/05/28]