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隠し事

 

 握った拳を地面へと打ちつけるのを、離れた場所で見ていた。

「兄さん」
 でも、振り向いた兄さんは、何もなかったような顔で笑う。
「よう、アル」
「もうすぐご飯だよって、ばっちゃんが」
「もうそんな時間か」
「そんな時間だよ」
「そういや腹も減ったな」
「・・・・ねえ、兄さん」
「ん?」
「足は、どう?」
「なんともねぇよ。まだ慣れないけどな」
「痛くない?ばっちゃんとこまでおぶっていこうか?」
「ガキじゃあるまいし。なんともねぇっつってるだろ」
「・・・・うん」
「ああでも、ちょっとだけ、手、貸してくれ。立ち上がるときにうまくバランスが取れなくてさ」
「だからこんなとこで座り込んでたの?」
「悪いかよ。この辺、変に起伏があってバランス取れないんだよ」
「誰も悪いなんて言ってないよ」
「だったらさっさと手ぇ貸せ」
「はいはい」
 差し出した手を支えに立ち上がる。
 痛いとも、情けないとも言わない。
「無理しないでよ、兄さん」
「してねぇよ」
「ほんとに?」
「ああもう、信用しろよ、馬鹿」
「馬鹿って何だよ。心配してるだけでしょ」
「心配すんなっつってんだよ」
「するなって言われても、心配なの。だいたい今だって、僕が来なかったらどうするつもりだったのさ」
「うるせーなぁ。一人でもどうにか出来たに決まってるだろ」
「手ぇ貸せって言ったくせに」
「それはたまたまお前が来たからだろ」
「屁理屈」
「どこが屁理屈だよ。そんなこと言ったらお前のだって十分屁理屈だろ」
「ぜんぜん違う」

 だから、ぼくは、見なかった振りをするんだ。

 

[2004/04/27]