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耳は閉ざせない

 

 僻地へと向かう列車。車両の乗客は2人きり。
 多分、他の車両も似たようなもの。
 窓の外は激しい雨。薄暗い車内に時々射し込む閃光は鳴りつづける雷。
「雨、止まないね」
「ああ」
「雷も」
「そうだな」
 かさりと頁を捲る小さな音。
「目が悪くなるよ、兄さん」
「大丈夫だろ」
「酔っても知らないからね」
「酔わねぇよ」
 がたがたと一定のリズムで走っていく列車。打ちつける雨の音は止まない。
「ねぇ、兄さん」
「ん?」
「・・・・いいや、やっぱり」
「なんだよ」
 ぎしぎしと軋むコリダーコネクション。響く雷鳴。
 濡れた窓硝子越しの景色は薄暗く、速度と雨に、ぼやけて映る。
 機関車の鳴らす警笛。ぱたりと閉じた手帳をポケットに突っ込み、席を移る。
「兄さん?」
「もうちょっとそっちに詰めろよ」
「無理だよ。だいたいなんでこっちに座るのさ」
「いいだろ、別に」
 すれ違う貨物列車。無蓋車に掛けられた幌がばたばたとはためく。
「絶対狭いって。ああもう、そんなとこに足上げて。行儀悪いよ、兄さん」
「構うかよ」
「ちょっとは構って」
「うるさい」
 ごん、と機械鎧の右手がアルの脚を叩く。雲間にのぞく雷光。
 ごそごそと姿勢を変えながら、おさまりのいい場所を探す。
 背中や後頭部から聞こえる鎧の軋む音。
「・・・・すごい雨だな」
「そうだね」
「雷、どっちに向かってんだ?」
「さあ・・・・」
 窓に映る車内の光景。輪郭の歪んだ自分と目が合う。
「・・・・雨、着くまでに止むかな」
「さあな」
「雷だけでもおさまるといいね」
「下手すりゃ落ちるもんな。お互い」
 緩く傾く車体。窓を伝う雨滴の軌道もかすかに揺れる。
「兄さんには落ちないよ、多分」
「てめっ、それはオレがちっさいってことかっ」
「そんなこと言ってないよ」
「言ったも同じだっ」
 がなる兄となだめる弟のやりとりを咎める乗客はこの車両にない。
 絶えず響いている、雨音、雷鳴、列車の軋みも、彼らは意識の彼方。
 強い雨足の中を列車は走る。数えるほどの乗客を乗せて。

 耳は閉ざすことが出来ない。
 だから、話をしていたいんだ。

 

[2004/03/22]