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半月の夜

 

 暗闇が、怖くて仕方がない時期があったんだ。
 昼間聞いた、怖い話を思い出したりして。
 何か、恐ろしいものが出てきそうな気がして。
 明かりがないと眠れない、そんなときもあったんだ。

「兄さん、そんな格好で寝てたら身体が痛くなるよ」
 ふと気が付くと、図書館から持ち出してきた大量の文献と向き合ったまま、兄さんは不自然な格好で寝入っていた。
 普段はあんまり、本を読みながら寝てしまうなんてことはない人なのだけれど、最近、ちょっと強行軍続きだったから、疲れてたのかもしれない。
 気付いてあげればよかったな。
「ねぇ、兄さん。布団で寝なよ」
「・・・・んー・・・・」
 肩を揺すって、ようやく返ってきた答えも、すごくぼんやりとしてて、起きそうにもない。
 しょうがないから、兄さんの身体を抱え上げてベットにまで運ぶ。
 起きてるときにこんなことをしたら、きっと怒るだろうけれど。そして、起きたら怒るかもしれないけど。
「起きない兄さんが悪いんだからね」
 無意識にだろう、ごそごそと毛布に包まり、身体を丸める兄さんにそう言い置いて、机の上に置かれたランプを消す。
 炎が作り出す暖色系の明かりが失われると、部屋に寒色系の明かりが広がった。
 明かりの正体は、カーテンを開け放した窓から入り込む月の光。
 それが、寝ている兄さんの影をシーツへと落とす。
 眩しいかな。
 そう思って、ベット越しにカーテンへと手を伸ばそうとして、ついうっかり、ベットの脚を蹴飛ばしてしまった。
 ぎし、とベットが軋む。
「・・・・アル・・・・?」
 弾みで意識を引き戻したらしい兄さんが、もぞりと身動ぐ。
「ごめん、兄さん。起こしたよね?」
「・・・・ど、した・・・・?」
 慌てて枕もとにかがみ込んで謝ると、まだ半分眠ったままみたいな声でそう尋ねてくる。
 完全に起こしてしまったわけでもないらしい。
「なんでもないよ。大丈夫だから、ゆっくり寝て?」
「・・・・また、怖いのか?」
「え?」
 繋がらない会話に首を傾げると、のそりと片手が差し出される。
「手ぇ、つないでてやるから・・・・」
「兄さん?」
「ほら」
 さっさとしろ、と言いたげに、ぱたりと手の甲がシーツを叩く。
 促されるままにそっと手を重ねると、兄さんは小さく微笑って、そのまま眠ってしまった。
「・・・・兄さん?」
 答える声はなく、ただ、深い呼吸音が聞こえる。
 一体なんだったんだろう。
 兄さんは、ぼくが何を怖いって言うんだろう。
 閉めそこねたカーテンの陰からのぞく、綺麗な半月。
 片手を兄さんに預けたまま、それを見上げる。
 そのうち、ふと、思い出した。
「・・・・ああそうか」
 昔、暗闇が怖くて仕方がなかったんだ。
 昼間聞いた、怖い話を思い出したりして。
 何か、恐ろしいものが出てきそうな気がして。
 兄さんの布団にもぐりこんで、それでも怖くて。
 そしたら、兄さんは、カーテンを開けて月の光を入れてくれた。
 これで大丈夫だからと笑って。
 そのまま二人で手をつないで朝まで眠った。
 そんなときがあったんだ。
「・・・・やだなぁ、まだ覚えてたんだ、兄さん」
 照れ隠しみたいに呟いて、兄さんの手を握り締める。

 暗闇が、怖くて仕方がない時期があったんだ。
 昼間聞いた、怖い話を思い出したりして。
 何か、恐ろしいものが出てきそうな気がして。
 明かりがないと眠れない、そんなときもあったんだ。

 

[2004/03/16]