>保管庫

そう思うことにした

 

 できるだけそっと扉を開ける。
 寝ているはずの兄を起こさないための気遣いだったが、それはどうやら空振りに終わってしまったらしかった。
 寝台の上に座り込む背中。
 宿の薄い毛布に頭から包まって、月の射し込む窓を見上げている。
「・・・・兄さん、起きてたの?」
 声をかけると、兄さんは驚いたようにぼくを振り向いた。
 弾みで肩へと滑り落ちる毛布の端。
 顕になった兄さんの表情は、そのまま泣き出しそうにも見えた。
 すぐに、元のように背中を向けてしまったから、ほんの一瞬のことだったけど。
「兄さん?」
 例えば、すごく気を張った、迷子みたいな顔。
「・・・・何処行ってたんだよ」
 けれど、出てきた言葉と声はいつも通りの兄さんで。
「心配した?」
 ぼくへと向き直った表情もいつもと同じで。
「するかよ、ンなもん」
 だから、見間違いだったのかな、と思うことにした。
「酷いなぁ。ちょっとぐらい心配してよ」
 多分、月明りの加減で、そう見えただけなんだ。
「何を心配しろって言うんだよ」
 そう、思うことにした。

 

[2004/02/28]